1.27.2013

1. Viola d'amore (ヴィオラ・ダモーレ)


 


復刻版:Viola d'amore (Guidantus) 2011
haja&Chi


   

   愛のヴィオラです。

   バロック〜現在
         ガット弦6~7、共鳴弦6~7





 バロック以降、貴族の楽器であったヴィオール族(ガンバ等)は時代のニーズによりヴァイオリン族に代わっていきました。ヴァイオリンは庶民から王家の人々と幅広く愛用されたため、そのランクも実に豊富で簡易的なものから至高品を手がける様々なタイプの職人がいたそうです。ヴァイオリン族はこのように一般に多く広まることで18ー19世紀にはDIY品や量産化も進み、多くの手作りではあるものの傑作とはいいがたいものも多く残っています。

 一方、ヴィオラ・ダモーレは17世紀よりドイツやオーストリア地方より音楽的な効果をねらって使われるようになったそうですが、現存する楽器には制作台数は少ないものの手の込んだものが多く楽器製作者、彫刻家の技量がみてとれます。
 アイディアは共鳴弦つきのペルシァ、トルコの楽器からきているそうですがヨーロッパではヴァイオリン弾きがもちかえる楽器になったようです。
 調弦やレパートリーはWiki等でも紹介していますが、実際のところ謎多き楽器ですね。ガース・ノックスのコラムもリンクされています。▶http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィオラ・ダモーレ
 ただここで興味深いのが、この楽器に一時代前のヴィオール族の作風を用いていた事です。初期のものは特に輪郭にコーナー、エッジの無いものを使用し肩のはらないすぼまるパターン。裏板はガンバ、ヴィオローネのようなフラットバック。さらにものによってはテールコードもガットではなくフックが着いているものも多く、ぱっと見はまさにヴィオール族です。フレットが無い違いを除けばヴィオール族のように多くの楽器に装飾が施されています。
 ルネッサンス風の”見ても楽しむ弦楽器”は18世紀イタリアには数少なく、現在の一線で活躍しているオールドイタリアンはその多くが性能を追求したものです。楽器はシンプルさを極め製作家よっては工具の跡が見えるほどの豪快なつくり・・芸術作品というよりかは日用品のような親近感です。
 それとは対照的なヴィオラ・ダモーレ。ヘッドの部分には天使がほられ、制作にはヴァイオリンの3倍以上の時間がかかり、調弦にはリュート並みの忍耐力、楽曲の珍しさなどなど・・ヴァイオリンとは異質のものですね。
 

 さて、そんなヴィオラ・ダモーレに3年前ほど前に本格的に制作を試みました。小生が初めて心惹かれたヴィオラ・ダモーレは18世紀フランスはパリのサロモンの秀作です。これはオルフェオンフォンデーションが所有し現在イタリアのドゥイーノの城に保管されています。弾けるようにはなっていませんが保存状態は良く作家のセンス、工作は素晴らしくバランスよい楽器です。残念なのは音が聞けない事・・



へんてこ楽器コレクションの数々

 作風は当時パリ、ミルクールの楽器によく見られる繊細なラインの黄色オレンジ色の楽器です。同時代のガッフィーノやゲルサンにも同じ彫刻と押し模様がヘッドの部分にも見られ当時分業制であった事が伺われます。楽器のサイズはスタンダードな40cm弱のボディに7弦ガットと7弦金属の共鳴弦がヘッドの裏を回り指板の中を通って駒にかかります。
 駒、テールピースはスタイルから見てオリジナルではないもののナツメの木を使ったペグはオリジナルです。
この楽器は所有者から自由にかりることができ、1日中城の一室で写真や寸法を採りました。見てみると19世紀のネック交換がされており指板もその時に1ブロック黒檀のものに変えられたと思われます。以下が主なスペックです。

箱の大きさ 395mm
横板の高さ 53mm
弦長    367mm



撮影の様子:復元のための詳細なオリジナル楽器の写真撮影

 弦は現在でもピラストロ、トーマスティック、各ガット弦メーカーがロットは少ないものの製造はしています。ヴィオラスペース等でも紹介されyoutubeでも色々なプレーヤーがアップし始め現代曲やココ一番の楽器として効果を発揮しているようです。
 日本ではまだ珍しいヴィオラ・ダモーレ、ヴァイオリンの3ポジまでのテクニックで弾け、ちょっとおしゃれな異国の楽器。和音は明るく優しく透明感にあふれています。これからますますニーズは広がっていくのではないでしょうか。








1.20.2013

チェロ・ソロ・イロイロ





 ちょっと前のコンサートになりますが2012年11月に家の母屋のパラッツォ・カッターネオというお屋敷で開かれたコンサートにチェリスト、ジョヴァンニ・ニョッキ(Giovanni Gnocchi)が異様なプログラムで挑みました。
 家の壁一枚挟んだ裏側のサロンで催され親しみを感じていたため、この投稿はブログを始めたらすぐに書こうと思っていました。
 工房からの帰宅途中に偶然チラシをみつけ、リハ中のミュージシャンに「チケットどこで買えますか?」と聞いたのがきっかけでした・・



演奏会は濃厚な2時間半、

1:J.Sバッハ 無伴奏チェロ組曲 5番
2:Henri Dutilleux(アンリ・デュティユー) SACHERの名による3つのストロフ
3:コダーイ 無伴奏チェロソナタ Op.8

 これら全てのソロ曲を最前列でプレイヤーの息吹を聞き、額の汗まで見えるほどに聴き入ってしまいました。

 もうお気づきかとも思いますがこれらの曲の共通点は”スコルダトゥーラ”、普通のドソレラではない調弦での演奏です。楽譜が示す音符と実際の楽器の音はもちろん違ってきます。
 最も有名なバッハの5番はドソレソと1番弦が全音低くなっています。本来ガット弦で弾かれたこの曲はテンションが下がる事でチェロのA線のきらびやかさを取って、独特の世界観を作り上げます。

 デュティユーのストロフは初めて聞きましたが1976年作曲の現代曲。調弦はシbファ#レラ。C線がかなり緩くはじいた時に音がにじむような感じです。高い集中力のいる器楽曲のソロ、今回彼が一番のっていた曲のようでした。youtubeでも何人かupしていますのでぜひきいてみてください。

 最後は大曲コダーイです。小生がはじめて聞いたのはヨーヨー・マの録音でしたがあまりの迫力に当時池袋の東武デパートのなかで立ちすくんだのを覚えています。まだCDshopでみな視聴していた時代です。調弦はシファ#レラ、開放でひいても何かが始まる予感にぞわっとします。プレイヤーも聴衆も緊迫感あふれる三楽章構成、コンサートが終わったのは夜の11時半、小生は興奮のあまり家についてからもなかなか寝付く事が出来ない有様でした。 
 隣席の子供は寝ながら頑張っていましたが7歳ぐらいの子に11時すぎてコダーイは・・


 ジョヴァンニ・ニョッキは音源のみですがyoutubeにもUPされています。

フェルッチョ・ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924)のクルタセーレです。







 実はクラッシックではまれな”スコルダトゥーラ”ですが、ギターではオープンチューニング、ナッシュビルチューニングなど一般的なようですし、小生が制作するヴィオラ ダモーレなる楽器も時代や場所、曲によりチューニングは様々です。


 ちなみに天沢聖司くんのカントリーロードはバロック調弦ともいえる”スコルダトゥーラ”ではないでしょうか。楽譜はGでかいてあるそうですが、音はFです。

パラッツォ・カッターネオ(Palazzo Cattaneo)▶http://www.palazzocattaneo.com

1.14.2013

ヴィオラ復刻企画 〜ヴィオラ・テノーレ、アモーレ〜


 2013年、haja&chiではヴィオラ復刻企画を実行中です。
「何故ヴィオラ!?」とお思いの方も多いかと思います。



 日本ではヴァイオリン、チェロに比べ演奏者数も少なく地味目な存在のビオラですが、実はかなりのオシャレ番長だったのです。

 皆さんが普段弾いている「ヴィオラ」の他に様々な種類、形、大きさの楽器があります。そもそもヴィオラとはロマンス語における弓弦楽器の総称です。


ヘッドの削りだし途中 18世紀の製作家にはノミのあとのがのこる渦巻きも多く残っています
今回は新作とい
う事もありこのあとはスクレーパー仕上げ予定



 具体的な制作予定楽器はその中でも特に有名な…

モダン(440Hz)
●胴長40センチのヴィオラ。本体はグァダニーニモデル(トリノ)使用。アラマンニの装飾を楽器胴体部分に施す予定です。
●胴長44、5センチのヴィオラ・ポンポーザ(別名ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)。調弦はチェロと同じ音程のド、ソ、レ、ラになります。
 モデルはNational music museumにあるサロ?ブレッシャ派のヴィオラをモティーフにしています。

バロック(415Hz)
●胴長48センチのヴィオラ・テノーレ。バロック使用で調弦は415HZで低弦よりファ、ド、ソ、レ又はソ、レ、ラ、ミになる予定です。これは往年のストラディヴァリのテノーレ”Medicea”モデル、1690年にフィレンツェの銀行家メディチ家のためにあつらわれた傑作クインテットの一つでした。
●胴長40センチのヴィオラ・ダモーレ。グイダントゥス(ボローニャ)モデル使用。ラ、レ、ラ、レ、ファ、ラ、レに共鳴弦を7本もつアラビックな響き。(ビオラ・ダモーレの曲の多くはスコルダトゥーラをする事が多いのでこちらはあくまで基本形です)

 
 
Viola (modern)   Viola pomposa   Viola d'amore   Viola tenore
 


 ビオラの魅力にすっかりのめり込んだ?工房長を筆頭に『ヴィオラをとことん追求してみよう!』と色んなヴィオラが盛りだくさんのこの計画がこうして生まれたのです。 

 でもテノーレって胴体だけで約48センチもあるわけで…左手届くのかなぁ?



板の削りだし後、ヴィオラ・ファミリー



 ちなみにヴィオラの語源は中世の弦楽器viella(ビュエッラ)からきています。後にイタリア語で弓で弾く楽器をviola(ヴィオラ)と呼ぶようになりヴィオラ・ダ・ブラッチョ(腕)族とヴィオラ・ダ・ガンバ(足)族に別れます。そしてその後、腕のヴィオラの中の音域の高いヴィオラは弦長の関係で箱が小さくなり、小さいヴィオラ→”ヴィオリーノ”の完成です。15世紀後半にガルダ湖とパダーナ平原のブレシア、ヴェローナ、マントヴァ、クレモナで起こりました。


1.08.2013

クレモナはポーのたまもの




イタリア、ポー川のほとりで撮影。






 アドリア海はヴェネチアまで流れでる河川は北イタリアの貿易をささえてきました。クレモナの中心街から現在は自転車で10分弱、昔は町のすぐそばを流れていたこともあったようです。町に必要な物は船を使って全て運び込まれていたそうです。
 ローマ時代以前より起こり10世紀ごろから徐々に拡大を見せたクレモナは商業と農業の町でした。ダッダ川、オーリオ川そしてポー川とこの平野の他の町にもみられる水に恵まれてこその発展です。
 
 ポーの中世からの大きな地形の変化は11世紀ごろにあったと記録が残っています。その後15世紀までには大きな変化はなく15世紀半ばにはポーに橋を渡す計画もあったそうです。ポー川を挟んだ反対側にまで町は広がり特定の住宅街や家畜の飼育等に使われてもいました。現在は2つの橋がかかっています。
 



Domenico Capra 1629





 ところが16世紀になると水位が上がり、17世紀(地図1)には当時あったクレモナの外壁にまで水がかかっていたらしく、水の浸食の修繕は大掛かりなプロジェクトだったそうです。この頃になると川の幅がまし、中州等も形を変え浮上したりと市街地の外の様子は大きくかわりました。








1726
Pietro Martire Aglio 1771













 


 1700年代前半(地図2)まではCanale vecchio(3つにわかれた一番町に近い流れ)がまだ町のすぐ側を流れていましたが、後半になると土手等を作る工事も施し川が遠のいて見えるようになります。(地図3)
 



1820



 1800年代に入ると水量はだいぶ減り地図等を見ても町の近くのを通っていた筋は完全に陸になっていくのがみてとれます。(地図4)
 町の南西にある小川は町の用水路クレモネッラが合流するモルバスコです。現在でも町のはずれで見ることができます。




 最後に現在はもうなくなってしまった町からポー川へ下る出入り口”ポルタ・ポー”の写真です。写真のものは1825年に建造されたものですが、街全体が城壁に囲まれていたクレモナの川からの入り口として重要な門でした。残念ながら1908年には取り壊されてしまったそうです。


 

 ヴァイオリン制作に必要だったスプルースと楓もこの川によりパダーナ平原の小さな町までやってきました。
アマティ、ストラディヴァリ、グァルネリの工房はポルタ・ポーより650mほど歩いた職人の集まる建物のなかにありました。

流木の上にあるのは小さな気持ちの小箱です。