9.09.2013

アドリア海からクレモナへ続く道を追いかけて



 アクイレイアという町を知っていますか?

 古代ローマ時代の首都はローマやポンペイは有名ですが『アクイレイア』という町は当時、ポンペイに並ぶほどの大都市でした。

このころ、ヴェネツィアが出来るはずの近くの島はまだまだ家もない湿地帯です。

『ヴァイオリン誕生の地』でも少し触れた古代ローマの街、アクイレイアに今回は行ってきました。北イタリアの貿易を1500年間支えたローマ街道の出発点です。


 アクイレイアはスロヴェニアとの国境に隣接するフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州の南、ヴェネツィア湾近くにあります。



フェンスの向こうでは発掘作業中です
現在のバジリカを中心としたアクイレイアは人口3500人。ローマ時代には帝国二番目の町、としては見る影もないとても小さな町です。
遺跡の発掘調査はまだ完全に終わっていないため、私達が訪れた時も現場にて作業をしている人達に会いました。
聞くとそこは古代ローマ人の邸宅跡で、8月中旬には一般に開放するため急いで調査、発掘中との事でした。







 約2000年前のアクイレイアの地形は現在のものとは異なり、今はもうない巨大なアキリス・ナティゾーネ・トッレ川を利用した港町でした。このアキリスから『アクイレイア』という地名がきています。
波止場は高さの異なる防波堤が築かれ、様々な大きさの船に対応出来るようになっていたそうです。河川港跡では倉庫へ続くタラップ(階段)なども見えます。
この港へは地中海全域より、食料、香辛料、石材、宝石、布地などが運ばれ、イタリア半島へ送られたりドナウ河方面の市へ運ばれたそうです。










 皆が集まって会議や裁判をした大広場『フォロ』も発掘されました。
他には市場、町を囲っていた2重構造の外壁、皇帝の別荘、その隣には楕円形競技場、それとは別に円形競技場もあったようです。




 そしてバジリカ。西暦313年には最初の建造物があったようです。
この最初の教会が破壊されてから4回ほど元々あった土台に積み重ねるかたちであらたに構築していき現在の姿になりました。









 バジリカ内はなんとクリスタルガラスによるわたり廊下が設置され、
4世紀以降作り続けられた総面積760㎡におよぶ張り巡らされたモザイクを足の下に見下ろすことが出来るようになっています。
クリプタと呼ばれる地下祭室にもそのモザイクは続き、バジリカ脇にある鐘楼の土台のところまであります。
モザイクは1900年代に入ってから発見され、それを期に中世からあった床を掘り下げ見れるようになりました。





モザイクと扉の位置からどれだけ掘り下げたかがよくわかります。












 まだまだ多くの遺跡が眠るアクイレイア。
次回訪ねる頃には新たな発見があるかもしれないですね。




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